Ｇ－１．韓国語における漢字について

（１）韓国における漢字の扱い

　韓国では、１９４８年に「ハングル専用法」という、『文章は漢字を使わずにハングルで書く』という法律が制定されました。それ以降、新聞や公文以外での漢字使用が段々と減少します。特に１９７０年代以降に学校教育を受けた世代を「ハングル世代」といって、このころからは学校でもほとんど漢字を扱わなくなりました。

 新聞は1988年に「ハンギョレ新聞」が、ハングルのみでの新聞を発行したことを皮切りに、1990年代に入ってほとんどの新聞社がハングルのみで記述するようになっています。新聞の見出しにおいては、日本や中国のことを「日」「中」と表記することはあても、このような使用は見出しやコピーに限られているのが一般的です。

　ただ、学校教育では、現在も「漢文教育」（日本で言うところの国語の時間に行う漢文・漢詩教育）が行われているので、漢文を学ぶときには漢字に触れることになります。といっても、日本のように国語科の中に組み込まれているわけではなく、「漢文」という科目が別にあって実施されています。そのため、「自分の国の文字としての漢字」という意識は日本より薄い傾向にあるようで、大学入試の国語に漢文は出題されず、「第二外国語」と同じ時間帯に「漢文」の試験が実施されます。「第二外国語」と同じ時間帯ということは、「漢文」を選択する人は、「第二外国語」を受験できないわけですから、韓国人の意識として「漢文」は「（古代）中国語＝外国語」という位置づけなのだと思います

　実際に極端な場合、「漢字は中国語なのだから、韓国人は漢字は使うな」と主張する人もいます。本当にいます。2015年に教育部（日本の文科省に該当）が、「小中校別の適正漢字数明示および教科書漢字併記拡大」のための法案を出した時、これに反対する団体と激しい議論になり、結局この法案は通りませんでした。「ハングルで書いた漢語の横に、漢字も併記しよう」ということでも反対する人がいるのです。

　という話をすると、韓国人の姓は本来漢字ですし、名前もほとんど漢字名なので、漢字を使わせない考えの人が本当にいるのか？と疑問に思う人もいるかもしれません。漢字使用反対派でも、さすがに名前の漢字は書くなという人は少ないと思われますが、「日常で使う韓国語（国語）」に「外国の文字は混入させたくない」と思っている人（特に極右団体とか、極右の国語教育業界人）は意外といます。

　韓国人の漢字名に限った話で言うと、たしかに、住民登録証（マイナンバーカードみたいなもの）の名前欄には漢字名が括弧で書かれているので、使う機会はあるかもしれません。しかし、「見る」ことはあっても「書く」ことがないので、漢字で名前を書けない人がいても大丈夫なのです。あと、家族関係証明（日本で言う戸籍謄本のようなもの）を発行してもらう時に、氏名欄に漢字を書く欄があるので、必要に応じては書く機会がありますが、韓国国民は住民登録番号（マイナンバー）を所持することが義務付けられているので、身分を証明するのに必要なのは「漢字」ではなく、住民登録番号（マイナンバー）とハングル表記の名前の照合になります。名前を「漢字とかな」で書いて身分を証明しなければならない日本の場合とはかなり事情が異なります。そのため、日常で名前を漢字で書くことがなく、日本語や中国語を勉強するようになってから自分の名前を漢字で書けるようになったという人も少なくないようです。

　とにかく、日本や中国のように日常で読み書きするわけではないので、漢字教育は（反対派の意見もあって）徹底されているわけではなく、意識を持って漢字を勉強しないと読み書きできないのが普通です。

　※韓国でも教育熱心な親の間では、何年か毎に漢字教育ブームが起こることがあり、小学校から한문학원（漢文教室）に通う子どももいることはいます。1990年代初期が舞台になっている映画「はちどり」の中で主人公ウニが漢文教室に通っているシーンが出てきているので、韓国人も漢字を勉強するんだと思った人もいるかもしれません。ただ、韓国での漢字教育は、「漢文」を読むための素養を鍛えるための教育であって、日常で使う韓国語を漢字に置き換えて読み書きするような練習はしません。「漢詩」や「四字熟語」、「故事成語」を読む勉強のために、「漢字も」勉強するという感じになります。

（２）「漢字」を読み書きしないことで身につく能力

　漢字の読み書きはしないとはいえ、韓国語では「漢語」を多数使用します。単語1万語に含まれる固有語と漢語の比率を調査した結果、固有語は33.8％で、それ以外がほぼ漢語だったという結果もあるようです（兼若逸之(2011：7)「漢字のハングル読みをマスターする」）。大雑把に約7割が漢語ということは、韓国語を理解するためには「漢語」がわからなければならないということです。

　でも、日本語話者にとって、ここで一つの疑問が沸き起こります。「韓国人は漢字を読み書きしないのに、どうやって漢語を使えるようになるのだろうか？」「同音異義語はどうやって覚えるだろうか？」

　日本で、固有語も漢語も外来語もすべて「カタカナ」で読み書きすることを想像してください。

　・カテイガタイセツダ

　カタカナで書いてあると、「家庭が大切」なのか「過程が大切なのか」、はたまた「仮定が大切」なのかがわかりません。でも、文脈が与えられて以下ように書いてあれば、意味を区別することは可能かと思います。

　・ワタシニトッテシゴトヨリ　カテイガタイセツダ（私にとって仕事より家庭が大切だ）

　・モノゴトハケッカヨリ　カテイガタイセツダ（物事は結果より過程が大切だ）

　・スイソクニハ　カテイガタイセツダ（推測には仮定が大切だ）

　これは日本語の話ですけど、全てカタカナだと、同音異義語の判断は文脈に頼ればなんとかなります。韓国では、このように、「全てハングルで書いてある漢語を文脈によって使い分ける」ということをしています。

　日本の場合、「漢語は意味と漢字をセットで覚えるもの」という教育を受けるので、実感がわかないかもしれませんが、韓国の場合、漢字を見ながら漢語を覚えるわけではないので、「新しい漢語をまず聞いて（読んで）、先に音や文字に慣れてしまう」というところからスタートします。

＜韓国の漢語教育のプロセス＞

　「会話や文章で使われる漢語を『ハングル』で書けることを意識化させる」⇒「ハングルで書かれた漢語の発音（または読み方）を知る」⇒「意味を分別する」⇒「漢語をハングルで書いてみる（받아쓰기）」⇒「発音（または文字）、使い方が合っていればそのまま頭にいれて、間違っていれば修正する」⇒「意味を定着させる」⇒「漢語の発音と文字を定着させる」

　日本で教育を受けるとどうしても、「ハングルだけで漢語を表記して、どうやって漢語を覚えるの？」と思うかもしれませんが、日本と違う点はただ一点のみです。

（２）「漢字（視覚情報・触覚情報）」―「音」―「意味」

　漢字に慣れてしまっている人にとっては、「漢語を漢字で書かないんなんてなんて不便なんだ」「漢語なら漢字で書いてほしい」と思う人もいるかもしれません。しかし、韓国語は現在ほとんどハングルで表記されているので、韓国語を勉強するためには、ハングルで書かれた漢語になれるしかないのです。

　でも、漢語が漢字で書かれていないからと言って、理解するのが困難というわけではありません。漢語の発音が、日本の漢字の音読みに近いものもありますし、日韓の漢字音の比較をするとある規則性を見つけ出すことも可能です（規則性については、また違う機会にお話しします）。

　「漢語は漢字を読み書きして覚えるもの」というステレオタイプから抜け出すために、すこし思考訓練をしてみようかと思います。

　聴者（音が聴こえる人）が漢字（書いてある言葉）を理解する過程は、「漢字を見る」⇒「漢字を頭の中で音に変える」⇒「意味を考える」ということをします。

　難聴や聾者（音が聴こえない）の場合は、「漢字」を見ることができても音は知らないわけですから、「漢字を見る」⇒「意味を考える」というプロセスをたどる事になります。視覚障がい者の場合は、書かれた言葉は見えないため音声言語や点字が主となりますが、それ以外に「手に書かれたり、彫刻になった漢字に触れる」という方法もとれるので、「手に書かれたり、彫刻になった漢字に触れる」⇒「漢字を頭の中で音に変える」⇒「意味を考える」というプロセスが考えられます。また、ヘレンケラーのように、聴覚、視覚に障がいがある場合は、見ることも聞くこともできないので、触覚情報に頼ることになります。つまり、「触れるをヒントにそれがどんな意味であるか考える」ということになるので、「手に書かれたり、彫刻になった漢字に触れる」⇒「意味を考える」というプロセスになります。

　まとめると、私たちが文字（書いてある言葉）を理解する過程は、大きく分けて次の四つが存在することがわかります。

　ａ．「漢字を見る」⇒「漢字を頭の中で音に変える」⇒「意味を考える」

　ｂ．「漢字を見る」⇒「意味を考える」

　ｃ．「手に書かれたり、彫刻になった漢字に触れる」⇒「漢字を頭の中で音に変える」⇒「意味を考える」

　ｄ．「手に書かれたり、彫刻になった漢字に触れる」⇒「意味を考える」

　「漢語は漢字を読み書きして覚えるもの」という考え方がなぜステレオタイプかは、一目瞭然です。プロセスｂ、ｄは「音に変える＝読み」がありません。漢字は「読まなくても覚えられるもの」なのです。

　実は、耳や目に障がいがない人であっても、プロセスｂ、ｄで漢字を理解することは可能です。「漢字を見たら意味は分かるけど読めない」という経験がある人は、その状況を思い出してほしいのですが、「音にしなくても意味が分かる」ことがあるのが漢字なのです。

というのは、ｂのプロセスでしか漢字を見られない場合に起こる現象です。

ら抜け出すために

　視覚に障がいがない場合、「手に書かれたり、彫刻になった漢字に触れる」漢字教育を受けることは稀ですが、「漢字は象形文字だから、形にも意味があって、形を見れば意味が分かりやすい」という説明を受けながら教育を受けた人にとっては、聴覚障がい者のプロセスｂも想像できるのではないのでしょうか。

また、「読み方はわかるけど意味がわからない漢字」というのは、プロセスａにおける「意味を考える」まで到達できないため起こる現象といえます。

（３）読みと翻訳を混乱してはいけない

　韓国語における漢語は、基本的に「音読み」しかしません。日本語では、訓読みといって、本来漢字では書くことができない日本語固有の言葉に漢字を当てて読む方法がとられていますが、韓国語は「訓読み」というものが存在しません。

　＜日本の漢字の読み＞

　＜韓国の漢字の読み＞

 韓国語を勉強する時、単語帳には、「韓国語―日本語」が対になっていますが、それはあくまでも、「韓国語―意味」ということで記載されているのであり、

＜日本の漢字の読み＞

　＜韓国語の単語帳＞

＜日本の漢語教育のプロセス＞

　「会話や文章で使われる漢語を『漢字』にできることを意識化させる」⇒「漢字の読み方を知る」⇒「意味を分別する」」⇒「漢字を書いてみる」⇒「漢字、使い方が間違っていなければそのまま頭にいれて、間違っていれば修正する」⇒「意味を定着させる」⇒「漢字の形と読みを定着させる」

　ただ、違う点は、「会話や文章で使われる漢語を『漢字』にできることを意識化させる」ことから始める点です。これを「会話や文章で使われる漢語を『ひらがな』で書けることを意識化させる」に置き換えたのが、韓国での漢語教育というわけです。

が、日本で教育を受けても、「読めるけど意味が分からない漢字」「書けないけど読める漢字」「読めないけど意味が分かる漢字」というのがありますよね。これらは、それぞれ以下の赤で示したプロセスが欠損した時に起こる現象です。

「会話や文章から分離した『文字としての漢字』に触れる」⇒「読み方を知る」⇒「意味を推測する」」⇒「意味を分別する」⇒「書いてみる」⇒「字が間違っていなければそのまま頭にいれて、字が間違っていれば修正する」⇒「文字を定着させる」

先に音や文字に慣れてしまう」というところからスタートします。

　「会話や文章の中で使われる漢語を聞く（または読む）」⇒「意味を推測する」⇒「意味を分別する」⇒「使ってみる」⇒「使い方があっていればそのまま頭にいれて、使い方が間違っていれば修正する」⇒「漢語を頭に定着させる」

「カテイ」を「文脈でどう使うか」を既に身につけてしまった人にとっては、使い分けは困らないかもしれませんが、新たに言葉を覚えるとなると、「『カテイ』といのは、使い方が複数あるぞ？」ということにまず気づいて、それから、それぞれの「カテイ」の意味を考え、使えるようにならなければなりません。つまり、日常や学校では次のような過程を経て漢語を習得しているわけです。

「『カテイ』といのは、使い方が複数あるぞ？」ということに気づけないと、一つの用法しか使えられないとか、「カテイ」という言葉を間違って使ってしまうということになります。

「文脈でどう使うか」

漢語をまず会話や文章の中で

　日本では、

小中学校教育を受けた人にとっては想像しにくいと思いますが、

漢字には同音異義語も多いため、「기술」が「記述」「技術」なのか、「기능」が「技能」なのか「機能」なのかは文脈で判断するしかないのです。

초등 교과서에 나오는 한자어 11,000개를 분석한 결과, ‘부모(父母)’처럼 훈과 상관성이 높은 한자어가 32%, ‘단체(團體)’처럼 훈과 상관성이 낮은 한자어가 16%, ‘비난(非難)’처럼 훈과 상관성이 없는 한자어가 6%, ‘헌법(憲法)’처럼 한자의 음과 훈이 동어반복인 한자어가 46%였다. 훈과 상관성이 높은 한자어는 구성 한자의 뜻을 모아 낱말 의미에 다가갈 수 있지만, 나머지 세 무리의 한자어는 낱말 이해에 한자 지식을 이용하기 어렵다. 한자어 교육에 한자 지식을 동원하는 전략이 어울리는 낱말은 32%에 불과하므로, 이 전략을 어휘 교육 전반으로 확대하여 적용하는 것은 적절하지 않다. 더구나 한자어 교육에 필요한 한자 지식이란 글자 모양이 아니라 의미 요소인 ‘훈’이므로, 한자를 표기하거나 암기하게 할 이론적 근거는 더더욱 약하다.

なわけですから、「その漢字音がどんな意味を成すのか」がよくわからないままだと、正確に言葉を使えない可能性が出てきます。

　一応、日本の常用漢字のように学校教育で扱う漢字の数は決めていて、１９７２年に、「漢文教育用」の漢字として１８００字を選定しています。漢字は日本とは違い、「体」を「體」と表記する「旧字体」で、台湾と同じ字形を使います。

。また、2014 年には日中韓賢人会議において、808 字からなる「日中韓共同常用漢字表」が発表され、日中韓 3 か国の中で日常的に漢字を使わない韓国では、特に関心を集めているようである 6 。　日本語教育の立場から見れば、漢字学習は個々の学習者の自主的学習に委ねられる部分が大きく、かつ、字形や音、意味の 3 つを総合的に学習しなければならず、日本語学習者にとって負担が大きいと言える。韓国人日本語学習者（以下、韓国人学習者）の場合、中等教育で学習したとされる漢字の既有知識を日本語の漢字学習に生かすことができれば、日本語学習の負担軽減が図れる。ただし、韓国人学習者が母語である韓国語の漢字の知識を日本語の漢字学習に生かすためには、漢字語の元となる漢字について理解しておく必要がある。　そのため本稿では、韓国人学習者、その中でも、中等教育を終えたばかりの日本語学部新入生を対象に、韓国語の漢字語について、その由来となる漢字を把握しているかを調査し、日本語学習への応用の可能性について論じるものである。

韓国人日本語学習者の漢字能力に関する一考察 : 韓国の日本語学部新入生を対象に

梶原 雄()雑誌名 同志社大学日本語・日本文化研究号 14 ページ 79-90 発行年 2016-03 権利 同志社大学日本語・日本文化教育センター